1929年との相違点

~エコノミスト(1998年6月)

16兆円の緊急経済対策を含む補正予算が審議されている中、1997年度の日本経済はマイナス成長だったことが判明した。
4月の完全失業率は4.3%を記録し、円安傾向にもかかわらず卸売物価はわずかながら下落している。
日本経済は明らかに古典的なデフレ局面に呻吟している。ごく最近では引き続いての株価の下落、大幅な円安と、さながら日本経済そのものの投げ売り状態が続いている。

こうした中で、日本発大恐慌の可能性が再び議論に登り始めた。予想される最悪のシナリオは次のようなものだろう。
日本の債券・株・円のトリプル安がアジア各国金融市場に飛び火し、最終的には中国が人民元を切り下げる。アジアの通貨切下げ競争はドルの独歩高を招き、資金はアメリカに集まって米株高に拍車をかけるとともに、輸入増から米経常収支が大幅に悪化する。
過熱する株式市場を押さえ、経常収支の悪化をくい止める目的で連銀が利上げを実行すれば、米経済のバブルが破裂して、マイナスの資産効果からニューエコノミーに急ブレーキがかかる。
かくして、国際的に金融市場の続落と実体経済の悪化が拡散する。

確かに、もともと脆弱な基礎の上の成り立っている国際通貨制度は、絶えずシステムダウンの危険性を抱えている。しかし冷静にその蓋然性を分析してみると、日本発の大恐慌というシナリオはそれほど心配する必要はなさそうだ。

第一に、今日では国際的経済調整の仕組みが60年前とは比較にならないほど整備されている。
60年前弱くなった通貨はもっぱら国際的投機のターゲットとされたが、いまは各国政府間には緊密なコミュニケーションがとれ、IMF、世銀等の国際機関がインドネシア、タイ、韓国等通貨危機あるいは金融危機に陥った国に対して支援措置を講じる仕組みが整っている。
政治的意思さえあれば、経済政策のノウハウは相当進歩している。

第二に、60年前米国は繁栄を独り占めして世界的需要不足を招いたが、いま米国は経常収支の悪化を押して途上国やアジア諸国に国内市場を開放している。日本もODAを通じて国際的所得移転に貢献している。この再配分機構が真に試されるのは、米国の輸入吸引力にかげりが見え、日本経済が回復基調に入ったときであろう。そのとき日本は米の肩代わりをして海外に国内市場を開放できるだろうか。

第三に、国際通貨制度は変動相場制のもとにあり、かつての金本位制下のような突然かつ急激な通貨の切り下げは起こらない。各国の金融制度も、中央銀行の役割に十分注意を払って運営されており、経済学への理解の進展とともに、金融当局は必要な政策について十分な知識をもっている。

しかしながら、恐慌の機能が、積年の制度疲労の解消と新たな枠組みの導入、既得権益と所得分配と所有権の再定義、政策プライオリティの再設定、政治パラダイムの転換等を含むシステム転換にあるとすれば、それらを実行する政治的意志をもたない国には、暴力的な調整の道しか残されていないことも事実である。