~[Monthly Review]『Int’lecowk』通巻878号(1998年3月)
2月第1週、シンガポールのナンヤン(南洋)工科大学で「市場経済における新たな政府の役割」と題したシンポジウムが開かれた。これはわれわれとナンヤン工科大学大学院会計企業研究科とが共催した研究シンポジウムで、われわれの側からすれば、3年の文部省科学研究補助金プロジェクト「アジア太平洋協力における日本の役割」の最終年のシンポである。
ナンヤン工科大学はシンガポールで2つ目の国立大学(もうすぐ3つ目のシンガポール経営大学が設立予定という)、日本で言えば東大か京大というところだろう。
シンガポールは東南アジアの中でも特異な発展を遂げている。
一人当たりGNPは東南アジア諸国の中で日本に次いで高く、インフラがよく整備され、町はあくまで美しく、シンガポール航空は世界の航空会社の中で最も人気が高く、チャンギ空港は世界で最も優れた空港との折り紙付きである。
人口は300万人、その他に50万人の外国人労働者を受け入れている。全世帯の94%が持ち家に住み、失業率は3%と低い。ただし雇用保険は存在せず、給与の20%が天引きされる強制貯蓄(会社が同額を追加する)を60歳以降引き出せるのが唯一の公的社会保障である。
国の端から端までタクシーでおよそ20分、1200円ほどの料金である。
オーチャード・ロードなど町の中心地はものすごい人混みだが、人々の着ているものはこざっぱりとしていて、デパートの商品は日本と変わりなく見える。
土曜日にMRTという地下鉄に乗ってみると、イスラム系、インド系、インドネシア系、中国系などの若者が色とりどりの晴れ着に身を包み、デートに向かう姿がほほえましい。
しかし気をつけてみると、町を歩いている人の中に老人をみかけない。
統計ではシンガポールでも人口の高齢化が進んでいるはずなのに老人が町を歩いていない。
そのせいだろうか、駅やデパートのエスカレーターは日本よりはるかに速い。
シンガポールは人間くささと猥雑さを連想させる東南アジア諸国とは一線を画し、高層ビル群と美しく整備された国土を誇り、外国からの投資を歓迎している。狭い国土にもかかわらず高速道路の両側がアメリカ以上にゆったりと整備されているのは、農業を完全に放棄したからなのだろう。
チュー・ソン・ベン教授は、シンガポールは工場国家で、農産物、食料を含めすべての原材料と資源を輸入し、工業製品と金融・観光などのサービスを輸出していると説明する。
橋向こうのマレーシアでガソリン価格が3分の1とあれば、マレーシアへガソリンの買い出しに行こうとするのが人情だが、シンガポール政府は4分の3以上満タンの車でなければ橋を渡らせない。
かつて天安門事件に抗議する手紙を中国政府に出したアメリカへの留学生400人のうちの一人が、シンガポールの大学に教授として永久にとどまりたいと言ったときには、政府は24時間以内にシンガポールのパスポートを発給した。
フィリピンからの看護婦は労働力として歓迎されているが、年に一度強制的に受けさせられる妊娠検査が陽性と分かれば直ちに送り返される。
大学のキャンパスを歩く学生はみんな物静かで気品に満ちている。
夜となく昼となく大学内に青春の無軌道と放埒を見出そうとしても無駄である。
学生寮ですらきちんと掃除され、青春のエネルギーはスポーツで発散するのだという。
聞けばこの国では、18歳のとき受ける全国試験の成績が進学する大学もその後のキャリアもすべて決定づけるという。
学外活動もボランティアの経験もいっさい考慮に入れられない一発勝負の学力試験である。
国家公務員は待遇が良く社会的ステータスも高い職種だが、公務員試験は行われない。
選抜は既に18歳の試験で終わっている。
すべてがきちんと管理されていて遊びがない。
数年前まであったニュートン・サーカスのホーカーたちの屋台はすべて撤去され、ジュロン・ポイントのエアコンの効いたショッピングセンター3階に集められた屋台もどきの店は、どこにでもあるファーストフードの店に成り下がってしまった。
映画は香港映画が人気だそうだ。
テレビでは日本のタレントとそっくりのタレントが日本のバラエティーショーと全く同じ番組をやっている。
カラオケは予約がないと入れないほどの人気。
耳をつんざく音響とレーザー光線のディスコもある。
売春ですら違法ではないが、それに従事するのは外国人労働者で、町中では目立たない。
まるで日本の文部省推薦映画のような豊かな生活が繰り広げられている。
外国人には、どこかよそ行きで、何かが欠けた人工的なおとぎの国に見える。
そんなシンガポールも科学技術の振興と企業の技術革新に力を入れている。
政府の政策は、創造性豊かな人材を育てベンチャービジネスを振興することだという。
そのためには勝者の企業を政府が選ぶような政策はやめて、市場の自由競争で勝者が判明するようにし向けるべきだ、とリンダ・ロー教授は言う。
しかし、あまりにもきちんと管理されたこの国に創造性が花を咲かせる余地はあるのだろうか。
シンガポールは偉大な芸術家を生んでいない。
余裕のある家庭では子供にピアノを習わせているが、シンガポール・シンフォニーの団員の8割は外国人だという。
小国シンガポールはまだノーベル賞も出していない。
しかし天才政治家が一人いれば十分ではないか、と言うロー教授の言葉は国民の言葉なのであろう。
稀代の天才政治家リー・クワン・ユーのビジョンと指導力が作り上げた国シンガポール。
あり得たかもしれない他の発展の道を捨てて、そんな国を良しとする決断を下したのはシンガポール国民自身である。
いまタイ、インドネシア、マレーシア、韓国、香港の経済危機を尻目に、昼間30度を越すシンガポールには楽天的気分が満ちあふれている。