~「ECONの風景」『経済セミナー』518号(1998年3月)
のどかな風景が広がっている。
ECON村がこの地に設立されてからまだ100年にもならない。
その間にはドイツ歴史学派、マルクス経済学、ケインズ経済学など村の基本方針をめぐる対立も経験したが、デブルーの『価値の理論』以来村では59年体制とでも言うべき平和が維持されている。
村での旧家は一般均衡論を中心にしたミクロ経済の家系である。
かつて村の設立に功あったこの家系は、村のために有意な人材を輩出したものの、このところ家業としては没落貴族の道をたどっている。
複雑な社会現象を経済の次元に切り取り、そこに厳密な論理構造を当てはめて市場経済の真実に迫ることができると考えるこの家系は、村の祭祀を司る神官といったところである。
この家系からは制度の問題に関心を寄せる応用ミクロ経済学や産業組織、金融、公共経済学、国際経済学などの分野で活躍する数多くの人材が生まれた。
とくにこの家系が最近始めたゲームセンターは若い人を惹きつけ、学会ともなると大勢の人がつめかける。しかし、メコン河流域の転換途上国の大学が市場経済を教える人材が欲しいと行って来ても、この家系の中にそれに応えられる人材を探すことは難しい。
もう一つの旧家はマクロ経済の家系である。
この家系とミクロ経済の家系は、もともとヴェローナのキャピュレット家とモンタギュー家、あるいはニューヨークのシャーク団とジェット団ほど仲が悪い。互いに独自の社会観を展開して譲らず、日本経済への政策対応ともなれば、口角泡を飛ばす論争に明け暮れて世間を惑わしている。
しかし最近では両家の子供たちの結婚も噂され、アメリカでは学部の教科書にこそマクロ家の伝統の技が残されているものの、大学院レベルではもっぱら新家庭の考え方が受け入れられているという。
これまでも幾度か両家には「マクロ経済学のミクロ的基礎」などという縁談が持ち上がったが、新しい家系として村の認知を受けるまでには至らなかった。
今回の結婚が悲劇に終わるかどうかはもう少し時間が経たないと分からない。
金融家にも新しい動きが盛んである。
この家系は従来どちらかといえば制度的知識を売り物にしていたのだが、最近の世代は理論武装と実証的手法を取り入れて、現実の急速な展開についていこうと懸命である。
新世代はファイナンスをキーワードとして、デリバティブ商品の設計から金融制度の再構築まで幅広く問題に対応しようとしている。
しかし、この家系には日本の金融ビッグバンの牽引力を果たす人材も見られるが、東南アジアの金融危機とIMFの対応ともなると、人材不足を露呈する。
財政家には路線の対立があるようだ。
ここでの対立は、大蔵省財政当局の課題を自らの課題とする当局に恭順なグループとそれに批判的なグループとの対立である。
財政再建を最終目標と見るかより大きな目標のための手段と見るかを巡って、両者の間に亀裂が深まりつつあるように見える。
その他ECON村には、国際経済家、労働経済家、公共経済家、経済発展家、経済史家、エコノメ家などがひしめいている。
エコノメ家は村の料理人の家系だが、その中には包丁研ぎの職人からマクロ家、ミクロ家と交流のある職人まで多数を抱えている。
しかし総じてECON村は平和である。
3年前に日本は6300人が犠牲になる大震災を経験したが、それで村の平和が乱されることはなかった。
日本経済の相対的不振や東南アジア経済の混乱を前にしても、この村はそれほど動じる気配がない。
唯一心配といえば、大学生という名前の観光客が減少気味のことであろうか。
それとて家業に忙しい村人にしてみれば、大した関心事ではないのかもしれない。
のどかな風景が広がっている。