経済の数字

~Senri Life Science News No.24 (1998年1月 発行)

小生意気な学生だった。
中年の教授を見ては、オレもあの歳になればあれぐらいのことは言えると思った。
風采の上がらぬ年輩の教授を見ては、あんな風にだけはなりたくないものだと思った。
暴力的共産主義革命によらずして民主主義の回復は不可能だとアジる教授には、それに追従するような答案を書いて100点をせしめ、心の中で舌を出していた。

豊崎稔という先生が「経済政策」を講じておられた。
風呂敷に本を二、三冊包んで教室に持って来られ、教壇の椅子に腰掛けて独り言のように小声でボソボソと意味不明の話をされる。
これでも天下の大学教授かとあきれ果て、早々とこの先生の講義には出席しないことにした。

その年度の終わりに豊崎先生の退官記念講演があった。
経済学を勉強する君たちはこれから多くの数字に出会うことだろう。
でも経済の数字は人間なのだ。
7%という失業率の数字の裏には、一家心中しなければならない家族がいることを忘れないでくれ。
金槌で頭を殴られたようなショックを受けた。

気がつけば、いつしかアメリカ流の経済理論や数学モデルをいじくり、統計数字で人を驚かすような仕事をするようになっていた。
力学的平衡や化学的平衡の概念を援用して経済的均衡を説明する華麗な理論的構築に寝食を忘れ、やがて制度の問題や臨床的、政策的課題にも取り組むようになった。

そうこうしているうちに阪神大震災に見舞われた。
当初5千人と推定された死者の数は、2年10ヶ月が経って6400人を超えた。
被災地の人口は10万人減の状態が続いている。
子供たちは仮設の学校を卒業し、老齢者は町の未来に夢を馳せる間もなく消えていき、残された人間は黙々と働いている。
ようやくこうした数字の裏が見えるようになった。

学生にバカにされながら、それでも経済の数字は人間なのだとつぶやく。
… 今度は私の番だろう。

Senri Life Science News No.24